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東京地方裁判所 昭和54年(行ウ)137号 判決

原告 同和基礎株式会社

被告 関東信越国税局長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五三年二月二七日付で別紙物件目録記載の建物に対してした差押えを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、訴外和光基礎工業株式会社(以下「和光基礎」という。)の滞納国税(税額六五三万四九一五円)を徴収するため、昭和五三年二月二七日付で別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)に対し差押え(以下「本件処分」という。)をした。

2  本件処分当時、本件建物は和光基礎名義に所有権移転登記がされていたが、原告の所有に属するものであつたから、本件処分は、本件建物が原告の所有であることを看過してされた違法な処分である。よつて、その取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、本件処分当時本件建物は和光基礎名義に所有権移転登記がされていたこと、原告がかつて本件建物を所有していたことは認めるが、その余は争う。

三  被告の主張

1  本件建物は、昭和四九年四月一日代物弁済を原因として原告から訴外久保建設株式会社(以下「久保建設」という。)へ、次いで同五一年七月一三日売買を原因として久保建設から和光基礎へ各所有権移転登記手続が経由されており、本件処分当時本件建物は和光基礎の所有であつた。すなわち、別紙物件目録記載の一棟の建物(以下「本件ビル」という。)のうち本件建物以外の部分も本件建物と同様久保建設に移転登記がされ、その後三階ないし六階部分は他に売却されて移転登記を了したが、真実その名義人の所有に帰したことが明らかであるから、本件建物についても登記名義どおり所有権が移転されたものというべきである。

2  仮に原告が久保建設、和光基礎に本件建物の所有権を移転する意思を有しなかつたとしても、右各登記は原告の意思に基づくものであるところ、被告は本件処分当時原告と和光基礎との間の事情を全く知らず、本件建物は和光基礎の所有に属するものと信じていたから、原告は民法九四条二項の類推適用により和光基礎に本件建物の所有権が移転していないことをもつて善意の第三者である被告に対抗しえない。

四  被告の主張に対する認否及び反論

1(一)  被告主張1の事実のうち、本件建物につき被告主張のとおり登記が経由されたことは認めるが、本件建物が和光基礎の所有であることは否認する。

(二)  同2の事実のうち、その主張に係る登記が原告の意思に基づくものであることは認めるが、その余は争う。

2  原告は、昭和四九年三月二五日頃倒産したため、その財産の保全を図る目的で、本件建物につき久保建設と協議のうえ同社に所有権移転登記手続をした。その後同社も経営危機に陥つたため和光基礎には無断で所有権移転登記手続をした。右各登記は所有権を移転する意思のないのに便宜上したにすぎないから、本件建物の所有権は原告にある。

3  本件において被告に対し民法九四条二項は類推適用されない。すなわち、

(一) 原告と和光基礎との間に通謀の事実はなく、同社は本件建物につき所有権移転登記を受けることを知つていなかつたから、民法九四条二項の規定は類推適用されない。

(二) 原告及び久保建設は、昭和五〇年六月江東西税務署長に対し、原告が久保建設に本件建物の移転登記をした理由及び真の所有者が原告である旨を明記した申立書及び念書各一通を提出したところ、同署長は原告と久保建設との間で所有権移転の事実がなかつたことを了解した。同署長と被告はいずれも国税庁管下の組織であるから、同署長の悪意は被告の悪意と同視すべきものであり、被告が真実の権利者でない久保建設から和光基礎への所有権移転登記について善意の第三者として保護されるには、それが原告から和光基礎への真実の所有権移転であると信ずべき特段の事由が必要である。

(三) 被告は、和光基礎が本件建物につき所有権移転登記を受けた昭和五一年七月一三日の約二年前である同四九年七月頃に倒産し、不動産等の資産はなく、かつ、近い将来新たな不動産を取得することなど到底不可能であることを熟知していたうえ、昭和五一、二年頃、本件建物の所有権移転登記について調査をした際に、右移転登記は和光基礎の全く関知しないものであり同社の所有に属するものではないとの説明を受け、同社が本件建物の真実の所有者でないことを熟知していたものである。

(四) 仮に、被告が和光基礎に対する所有権移転登記に関する事情を知らなかつたものであるとしても、右所有権移転登記が同社の倒産の約二年後になされており、同社にはめぼしい資産がなく、国税の徴収も不可能であつたのに対し、本件建物は資産価値の大きな不動産であり、所有権移転登記後に二代前の所有者である原告の代表者を債務者として極度額二二〇〇万円の根抵当権が設定されていること、本件ビルのうち本件建物以外の部分の登記関係も複雑であつたことなどからすれば、本件建物の所有関係について十分な調査をつくしたならばその所有関係の実態は明確に認識されたはずである。しかるに被告はこれを怠つたものであるから、悪意と同一視すべきものである。

五  原告の反論に対する認否及び再反論

1  原告主張3(一)は争う。

2  同3(二)のうち原告及び久保建設が江東西税務署長に対しその主張の申立書及び念書を提出したことは認めるが、その余は争う。原告が久保建設及び和光基礎に本件建物の所有権を移転する意思がなかつたとしても、原告の虚偽の外形作出行為は二個存在するところ、右申立書等は久保建設との虚偽表示に関するもので、その後右虚偽表示は撤回されているから、本件処分とは何ら関係がない。また、本件において民法九四条二項の善意は被告について判断さるべきであり、本件処分と関係がなく被告の管下にない江東西税務署長について判断されるべきものでない。

3  同3(三)の事実は否認する。

4  同3(四)の主張は争う。徴収職員は差押えに際し原告主張の調査義務を負担するものではないし、民法九四条二項は善意について無過失を要件としていない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  被告が和光基礎の滞納国税を徴収するため昭和五三年二月二七日付で本件処分をしたことは当事者間に争いがない。

二  被告は、本件処分当時本件建物の所有者は和光基礎であつたと主張する。

本件建物について被告主張の各所有権移転登記手続が経由されていること、原告がかつて本件建物を所有していたことは、当事者間に争いがなく、右の事実と原本の存在及び成立に争いのない乙第一号証、第三号証、成立に争いのない乙第四号証の一ないし一八、証人加藤静夫の証言により原本の存在及び成立の認めうる乙第二号証並びに同証言、原告代表者尋問の結果により成立の認めうる甲第六号証、第七号証及び同尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる。

原告は昭和四九年三月二五日頃倒産したが、同年四月一日頃原告代表者久保玉貴は、従兄弟であり久保建設の代表者である久保喜一郎とあい図つて、本件建物を含む本件ビルの所有権を久保建設に移転する意思がないのに、債権者の追及を免れるため、これを久保建設名義に移転することを企て、同日、同日付代物弁済を原因とする久保建設名義への所有権移転登記手続を了した。しかしその後も原告が本件建物を含む本件ビルを管理し、登記済証も自ら保管していた。ところが、久保建設も同五一年七月頃業績が悪化し同会社の債権者が債権保全策に動き出したため、原告は再び債権者の追及を免れるため本件建物の登記名義を他に移転する必要にせまられた。久保玉貴は友人の芝機産業株式会社代表者三科澄男と協議した結果、芝機産業が大口債権者の立場にあり、代表者印等を保管している和光基礎名義に本件建物の登記を移転することとし、原告は同年七月一三日、本件建物の所有権を和光基礎に移転する意思がないのに、同月七日付売買を原因とする久保建設から和光基礎名義への所有権移転登記手続を了し、その後和光基礎の事後承諾を得た。一方本件ビルのうち三階ないし六階の専有部分は同年三月から翌年にかけて原告が他に売却し、債務の弁済等にあてた。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。右の事実によれば、原告は、本件建物の所有権を他に移転する意思がないのに、債権者の追及を免れるため、久保建設次いで和光基礎に所有権移転登記を経由したにすぎないとみるべきであるから、右各登記は不実の登記であり、本件処分当時本件建物の所有者は原告であつて、和光基礎ではなかつたというべきである。したがつて、被告の主張は採用することができない。

三  次に被告は、仮に和光基礎の登記が不実の登記であるとしても、原告の意思に基づきされている以上、民法九四条二項の類推適用により善意の第三者にあたる被告に対しては対抗しえないと主張する。この点に関し原告は、原告と和光基礎との間に通謀の事実はなく、同社は本件建物につき所有権移転登記を受けることを知つていなかつたから、民法九四条二項の規定は類推適用されないという。しかし、不動産の所有者が他人にその所有権を移転する意思がないのに、自己の意思に基づき当該不動産につき他人の所有名義の登記を経由したときは、登記名義人の承諾の有無を問わず、所有者は、民法九四条二項の類推適用により、登記名義人に右不動産の所有権が移転していないことをもつて善意の第三者に対抗することができないと解すべきである。のみならず本件においては、本件処分当時和光基礎が本件建物の登記につき承諾していたことは既に認定したとおりである。したがつて、原告の右主張は理由がない。

そこで、本件処分がされた経緯について判断する。被告主張の各所有権移転登記手続が原告の意思に基づきされたことは当事者間に争いがなく、前掲乙第四号証の一及び一八、成立に争いのない甲第五号証、乙第五号証、証人羽生武夫、同加藤静夫(一部)の各証言を合わせると、和光基礎はすでに昭和四九年七月頃倒産をしたことがあり、同社の滞納国税の徴収は当初浦和税務署長が、次いで同五〇年二月被告が徴収の引継ぎを受け担当したのであるが、同署長も被告も和光基礎が倒産したことがある事実を承知していた。しかし、被告は和光基礎が本件建物の所有権移転登記を受けたこと及びその事情をなんら知つておらず、同五三年一月一七日東京地方裁判所における本件建物の競売開始決定に伴い、同裁判所から同年二月三日付催告書により和光基礎に対する債権に関する申出についての催告を受けたことにより、被告ははじめて和光基礎名義に所有権移転登記のされている本件建物の存在を知つた。被告の職員は直ちに本件建物の登記簿を閲覧して右移転登記がされていること及び和光基礎の所有を前提とする任意競売申立ての登記等がされている事実から本件建物は和光基礎の所有する建物と考え本件処分をした。本件処分前に被告の職員が和光基礎から本件建物の所有権の帰属につき説明を受けた事実はないことが認められる。右認定に反する加藤証人の証言は採用し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。右認定の事実によれば、被告は本件処分当時本件建物が所有権登記名義人である和光基礎の所有に属さないという事実を知らなかつたものと認めるのが相当である。

この点に関して原告は、原告及び久保建設は昭和五〇年六月江東西税務署長に対し本件建物の真の所有者が原告である旨を記載した申立書及び念書を提出したから、同署長及び被告は悪意とみるべきであり、被告を善意の第三者として保護するには本件建物が原告から和光基礎へ真実の所有権移転が行われたと信ずべき特段の事由を必要とする旨主張する。

原告及び久保建設が原告主張の申立書及び念書を同署長に提出したことは、当事者間に争いがない。しかし、前掲甲第六号証、第七号証によれば、右申立書等の記載から直ちに本件建物の所有者が原告であると認めることは困難である。原告の主張にそう原告代表者尋問の結果は採用し難く、他に同署長が本件建物の所有者を原告と認めていたことを裏付ける証拠はない。のみならず、仮に同署長が本件建物の所有者は原告であつて久保建設ではないことを知つていたとしても、その後に登記の移転を受けた者が真実の所有者でないとは限らないのであるから、和光基礎が本件建物の所有者でなかつたことを被告が当然に知つていたといえないことも明らかである。また、被告が善意の第三者に該当すればさらに原告が主張するような特段の事由を必要とするものではない。したがつて、原告の右主張は理由がない。

原告は、被告は和光基礎が昭和四九年七月倒産したことを知つていたこと、同五一、二年頃の調査の際被告の職員は本件建物が同社の所有に属すものでない旨の説明を受けていたから、同社が本件建物の所有者でないことを知つていたと主張する。

しかし、和光基礎が昭和四九年七月倒産したことを被告が知つているからといつて、同五一年七月にされた同社への本件建物の所有権移転登記が直ちに不実の登記ということはできないから、本件処分当時被告が本件建物が同社の所有に属していなかつたことを知らなかつたとの前記認定と矛盾するものではない。また後者の主張事実が認められないことは前認定のとおりである。

次に原告は、被告が和光基礎に対する所有権移転登記に関する事情を知らなかつたとしても、右登記が同社倒産の二年後にされていることなどの事情によれば、被告は本件建物の所有関係について十分な調査をつくすべきであつたのにこれを怠つたものであるから、悪意と同視すべきであると主張する。

しかし、前認定の本件の事実関係のもとにおいても、徴収職員は、滞納処分による差押えをするに際し、滞納者が当該不動産の登記名義を有するに至つた事情まで調査すべき義務を負担するとはいえない。また、民法九四条二項が類推適用される場合は、同項の善意について無過失を必要としない。けだし、虚偽の外観が全面的に真実の権利者の意思に基づき作り出されるのであるから、たとえ過失があつてもこの外観を信頼した第三者の利益を保護すべきであるからである。したがつて、原告の右主張も理由がない。

以上によれば、原告は、民法九四条二項の類推適用により和光基礎に本件建物の所有権が移転しなかつたことをもつて善意の第三者にあたる被告に対抗することはできないというべきである。

四  よつて、原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 時岡泰 田中信義 揖斐潔)

別紙物件目録〈省略〉

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